2016年11月26日土曜日

自動運転車は一時的に引きこもれる場所

自動運転車が出て来ると、免許を持てない引きこもりが
自動車にひとりで乗れるようになる。
そうなると一時的に引きこもれる場所とした使い方がされるようになる。
家にも帰れない引きこもりが良く使うようになるだろう。
また、仕事が無くて暇な鉄道ホームレスが
家に帰れないのでそのまま時間潰しに
自動運転車のタクシーを居場所作りに利用されるようにもなる。
そういう予期しない経済効果が生まれる。

自動運転車のユーチューバーの撮影所の提案

自動運転車のタクシーはユーチューバーの撮影所にも使える。
共用のカメラを自動運転車の中に複数あらかじめセットできるので、
その複数のカメラを切り替えるような動画が撮れる。
また、自動運転車空間の全部の壁に
映像を映せば360度すべてを映す背景が作れる。
フォグスクリーンで空間に物体を出すような
映し方をするのも自由自在だ。
空間に閉じこもっているのでフォグ(霧の水粒)が逃げない。

2016年10月23日日曜日

自動運転車について私の意見と提案

車の中は人から逃げれる個室だ。
人が来たら人のいない場所に車を走らせる
ことができるという利点がある。
自動運転車の無人タクシーが来たら
そこへ入って孤独を楽しめばいい。
お金はかかるが、人から回避できる方法だ。

自動運転車の無人タクシーは音楽を聴く目的で入れる。
カーオーディオの音質はめっちゃくちゃ良く、
リスニングの快適感が非常に強い。
3Dサウンドやサラウンドも容易に楽しめる。
どんなに大音量で流して音が漏れても、
人がいない場所まで走らせれば迷惑にはならない。
高原とか景色の良い場所まで走らせれば
素晴らしい窓からの風景をバックに音楽を聴くことができる。

自動運転車が事故を起こした責任は、
ぶつかった歩行者などが全責任を負えば良い。
例えば学校の遊具でケガをした場合、
ケガをした人が責任を負うように、
自動運転車もぶつかった歩行者などの責任で良い。
ぶつかったものが建物などの動かないものだったら、
恐らく自動運転車を作ったメーカーに責任が行くだろうけど、
そんなケースはまず無いと思う。
それよりも、わざと自動運転車の走行を妨げる
「いたずら」の対策の方が問題だと思う。

2016年10月15日土曜日

第四次産業革命におけるVRカプセルの役割

今までは工場がオートメーションしていたが、
これからはメンテナンスまでオートメーションする
ということが第四次産業革命だと認識している。
ただ、極限まで機械やロボットが故障した場合、
人間の手でやらないといけない。
また、ロボットとかセンサーとかネットワークとかが
新しいものがたくさんできたら、それらを覚える
勉強をする必要がある。
そのための教育者や教材を作る仕事が必要となってくる。
オートメーションで人材が大量に余った分は、
教育にまわせばいい。

極限まで機械やロボットが故障した場合、
人間による修理はバーチャルリアリティで行えば良い。
機械の内部まで入って行ける小型ロボットを
VRカプセルで遠隔操作して修理を行う。
IC基盤などの極小のものの修理でも、
ミクロロボットがVRカプセルで遠隔操作して作業すれば良い。
そのミクロロボットを作るのも、小型ロボットを
VRカプセルで遠隔操作して作ればより簡単に作ることができる。
また、この場合、ロボットだけを自動運転車に乗せて行けば、
人間は完全に在宅勤務で現場の作業ができる。
それが第四次産業革命だと思う。

2016年9月4日日曜日

フォグスクリーンの必要性と一般普及させる提案

オクトパスリアリティの立体プロジェクタの代わりに
ヘッドマウントディスプレイを装備しても良いのだけど、
それだとデバイスが見えなくなる。
やはりオクトパスリアリティは立体プロジェクタか
フォグスクリーンでやるべきだと思う。
やはりヘッドマウントディスプレイだと、
自分の姿(手足や着てる服など)が見えないのが大きな欠点である。

立体プロジェクタやフォグスクリーンを普及させるには、
まずかまぼこ型ベッドをエアコンの省エネをウリにして
普及させて、そこへフォグスクリーンを搭載させて
フォグスクリーンを普及させる方法がある。私はそれを提案する。

ヘッドマウントディスプレイについて考える

バーチャルリアリティをするのにヘッドマウントディスプレイを
付ける必要があるのだろか。
立体プロジェクタやフォグスクリーンはまだ実用ではないから
ヘッドマウントディスプレイで目のまわりだけに立体映像を
流しているのだろうか。
もともとVRカプセルは、目の部分はヘッドマウントディスプレイが
組み込まれているようなものだし、ヘッドマウントディスプレイを
普及させてVRカプセルにまで発展させるのは悪くないと思う。

2016年8月4日木曜日

図書館と電話は消えなくてはならないもの

図書館なんて5世代も後れたサービスなのに、
いまだに大きな顔で存在していることはおかしなことだ。
あんなもの若者のネット社会に反抗している
中年者や老年者でしか需要が無い。
しかも「反抗」という理由で使われているので、
実用的でもなく、ただのへそ曲がりの需要でしかない。
図書館はまだ金が無くて本を買えない時代で、
製本の技術も整っておらず本を大量生産できなかった
時代に重宝していたものであって、今は全く必要無い。
本屋で普通に本を買える時代に、
もう図書館は消えるべきだった。
そして紙の本から電子書籍へ、電子書籍から
ブログ・企業のサイト・ウィキペディアみたいな
オンライン百科事典に移り変わって、何百ページもの本の文章を
読まずに要点だけを拾い読みすることで効率化を図り、
そしてYouTubeなどの動画で情報を伝えることが
出来るようになって、そして今、動画や文字をひっくるめて
プログラマブル化してアプリにして有料でも無料でも流せる時代に、
図書館なんて5世代も後れている骨董品だ。
つまり、図書館・セル本・電子書籍・ブログ・動画配信・プログラマブルと、
今は図書館から5世代も進んでいるのだ。
更に図書館は本を読まずにホームレスの長居場所に
使われていて完全にユーザーに遊ばれている。

電話なんて古いメディア、とっととなくすべきだ。
時間に余裕のあった昔は電話は重宝していたが、
今は忙しくて時間が無い時代に電話なんて
時間的拘束のあるものは当てはまらない。
メールやSNSやクラウドという高度なものが
完全に代用できている筈だ。
電話はいまだに1対1でしか会話ができない古いメディアだ。
SNSやクラウドだと大勢の仲間内で会話ができる。
要件を家族全員が聞いていて、家族の誰かが
返事を返せば良いというもので、しかも間違った返事をしても
誰かが修正して送ることもできる。
会話テンプレートを作って、話し下手な人でも会話ができたり、
ボイスロイドで代わりに喋ってもらったり、
今はそういうことができる時代なのだ。
そういうことを考えると、電話なんてもう要らないのではないかと思う。